家族葬という選択|故人の思い出は家族の中でイツマデモ

葬式

喪主は誰が行うのか

慣れていないのが普通

葬式

父の葬儀を地元大阪で行いました。兄弟姉妹がいますが、長男の兄が自然と喪主をつとめました。葬儀屋さんの指示に従って、次々に通夜・葬儀は進行されました。もちろん、父への想いはありましたが、子どもとして無事葬儀を終える事に気をとられていたのは本当の気持ちです。喪主である兄をサポートしながら、お花や棺や祭壇などを相談しました。大阪のセレモニー会館は、とても気配りが良いと感じました。他と比べる事は出来ませんが、地方の葬儀も経験している私は合理的だと思いました。大阪は地方に比べて、セレモニー会館が充実しているのではないかと感じています。さて、喪主は哀しみに浸ってはおれません。何しろ親族代表ですからね。兄はきっと神経を使った事でしょう。姉と兄嫁さんは、お料理の相談をしていました。昔なら、町会の人々が色々とお世話をしてくださった事でしょう。現代では、喪主に慣れていなくても、大阪のセレモニー会館に任せて安心です。

美味しい食事を期待したい

骨あげを待つ間に、集まってくださった方へお食事を準備するのです。これは大阪に限らないのではないだろうかと思います。身内だけの集まりだったので、それほど気を使う必要はなかったのですが、葬儀とは言え、食事を楽しみにするのは不謹慎だと思いません。思い出話をしながら、普段会えない身内との会話もできますしね。その時、「これ美味しいね」と言う声がどこからか聞こえると嬉しいものです。色々なサンプルの中から選んだのだから、せめて、悲しみの中にも多少の楽しみがあっても良いでしょう。疲れは後から来るのと人は言います。実際にそうでしたから。費用の問題もあるでしょうけど、お食事は質素にしませんでした。身内だけのあつまりだったので、人数も少なかったためです。満足しました。葬儀の場で笑声が出ても、少しも嫌な気分がしませんでした。